東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)116号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本件発明は、多量注入管を使用した複合注入工法に関し、詳細には、すぐれたパツカー効果により、不均質な地盤を均質に、しかも強固に固結あるいは止水する多重注入管による複合グラウト工法に関するものである(出願公告公報第一頁第一欄第三三行ないし第三七行)。
粗粒土部分と細粒土部分が複雑に介在して形成されている軟弱地盤の固結法としては、従来、(ア)水ガラス水溶液と反応水溶液とを用い、これらをY字管を用いて合流させながら地盤中に圧入するロツド注入工法、(イ)水ガラスとゲル化反応剤を用い、これらを地盤中に挿入された二重管の先端部で合流して短いゲル化時間で固結する配合のグラウトを注入する二重管注入工法、(ウ)ミキサー内でゲル化時間の長いグラウトを調整してから注入する一シヨツト注入工法等が公知であるが、これらはいずれも粗粒土部分及び細粒土部分に均質にグラウトを浸透させるに十分ではなかつた(同公報第一頁第二欄第一行ないし第二頁第三欄第一八行)。
本件発明は多重管からなる注入管を用いて前記従来工法の存する欠点を解決し、複雑な粗粒土部分及び細粒土部分をくまなく固結して全体的に一体化された、複合注入を一工程で簡便に施工し得る軟弱地盤の固結法を提供することを目的として(同公報第二頁第三欄第一九行ないし第二四行)、本件発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(同第一頁第一欄第一行ないし第一五行)。
本件発明は、右構成を採用したことにより、浸透性の良いグラウトは、浸透性の悪いグラウトによつて形成された填充物を破つて地盤中の細粒土部分に注入され、その結果、所定のステージにおいて、一定の形状で、地盤の複雑な粗粒土部分及び細粒土部分をくまなく固結した確実な固結体を形成することができるという作用効果を奏するものである(同公報第三頁第五欄第三九行ないし第六欄第二三行)。
(二) 他方、第一引用例及び第二引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
2 相違点に対する判断について
原告は、相違点<1>、<2>に対する審決の判断を争うので、まず相違点<2>に対する判断について検討する。
本件発明は、複雑な粗粒土部分及び細粒土部分をくまなく固結して全体的に一体化された、複合注入を一工程で簡便に施工し得る軟弱地盤の固結法を提供することを目的とし、本件発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものであり、その結果、所定のステージにおいて、一定の形状で、地盤の複雑な粗粒土部分及び細粒土部分をくまなく固結した確実な固結体を形成することができるという作用効果を奏するものであることは前記1(一)で認定したとおりである。
そして、前掲甲第二号証によれば、本件発明の出願公告公報には、まず浸透性の悪いグラウト地盤中に注入して注入管と地盤との間隔及びステージを移動する結果生ずる注入管まわりの間隔にパツカー効果のある固結体のシールを形成し、これによつて浸透性の良いグラウトが注入管まわりの間隔に沿つて漏出するのをあらかじめ防ぐと共に該ステージ付近の粗い部分や弱い部分や層の境界面に、浸透性の悪いグラウトを圧入して浸透性の良いグラウトが所定範囲外へ逸脱しないようにあらかじめ処理してから該浸透性の悪いグラウトを注入した領域に該シールを破つて浸透性の良いグラウトを重ね合わせて注入し、該浸透性の悪いグラウトが浸透しえなかつた細い部分に浸透性の良いグラウトが粒子間浸透して固結しうるようにしたものであつて浸透性の良いグラウトは注入管周囲や粗い層から逸脱することはないので注入対象領域を確実に浸透して固結することが可能である(第二頁第四欄第三六行ないし第三頁第五欄第九行)。」「該浸透性の良いグラウトは該填充物中に位置する該内管突出部より該填充物を破つて地盤中に注入される(第三頁第五欄第一七行ないし第一九行)。」「C図に示すようにまず浸透性の悪いグラウト、たとえばゲル化時間が三〇秒以内の瞬結性グラウトや懸濁型グラウトを注入するとこのグラウトは大きな空隙や逸脱しやすい粗い部分、弱い部分にしか浸透しえないので、4、4a、4bを中心にして固結領域Aが形成される。その上でd図に示すように浸透性の良いグラウトたとえばゲル化時間の長いグラウトや溶液性のグラウトを注入すると、4、4a、4bはすでに填充されているため、注入圧力の作用で最も填充物のうすい横方向にいくつかの割裂5を形成してそれを新たな浸透源として土粒子間浸透する。注入対象とする注入ステージにおいて逸脱しやすい部分はすでに浸透性の悪いグラウトで填充されているために浸透性の良いグラウトは所定のステージにおいて斜線で示す領域Bのように一定の形状で固結する(第三頁第五欄第三九行ないし第六欄第一一行、別紙図面一参照)。」と記載されていることが認められる。
右事実からすれば、本件発明は、浸透性の良いグラウトを浸透性の悪いグラウトによつて形成されたパツカー効果を有する填充物中に注入するものであるが、浸透性の良いグラウトは、多重管の内管突出部を通して注入されることにより、注入圧力の作用で最も填充物のうすい横方向にいくつかの割裂を形成して、それを新たな浸透源として土粒子間浸透し、その結果、右填充物の横方向に形成された割裂に浸透する形状で固結するため、地盤の複雑な粗粒土部分及び細粒土部分をくまなく固結した確実な固結体を形成することができることが認められる。
他方、第一引用例には、「A、B液の合流は前述のY字管を用いるほかに、二重注入管あるいは二本の並列注入管を用い(第一四頁右上欄第九行ないし第一一行)」「B液はA、B合流液の層を破つて細粒土層に浸透し、したがつて、B液の細粒土層への浸透が容易に達成される(第一四頁左上欄第二〇行ないし右上欄第二行)。」との記載があることは前記1(二)で認定したとおりである。そして、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例には、浸透性の良いグラウトを内管を用いて注入することを排除する旨の記載は認められないことからすれば、第一引用例は、二重管を使用して浸透性の良いグラウトを注入する場合に、該グラウトの注入は内管を通して実施し得ることを示唆しているものと解することができる。
しかしながら、前掲甲第四号証によれば、第一引用例には、更に進んで、前記認定の二重管において内管に突出部を形成し、かつ該突出部から浸透性の良いグラウトを注入する、ということまでを開示あるいは示唆している旨の記載があるとは認めることができない。
被告は、第一引用例の「B液は、A、B合流液の層を破つて細粒土層に浸透し、したがつて、B液の細粒土層への浸透が容易に達成される。」との記載から、第一引用例記載のものも、浸透性の良いグラウト(B液)が内管突出部から注入されるものである、と主張する。
しかしながら、本件発明は、前記認定したとおり、浸透性の良いグラウトを内管突出部から注入することによつて右グラウトを填充物中の横方向に浸透させ、確実な固結体を形成するものであつて、単に「B液が、A、B合流液の層を破つて細粒土層に浸透する」からといつて、そのことから直ちに、浸透性の良いグラウト(B液)が内管突出部より注入されることまでも意味するとはいえない。内管を突出させたことによる効果は浸透性の良いグラウトの浸透の態様にあるのである。第一引用例には、「この方法はA、B合流液、次いでB液を連続して注入することが必要である。このような連続操作によつて、最初に注入したA、B合流液が粗粒土層内で完全に硬化されないうちにB液が注入されるので、B液は、A、B合流液の層を破つて細粒土層に浸透し、したがつて、B液の細粒土層への浸透が容易に達成される(第一四頁左上欄第一六行ないし右上欄第二行)、」と記載されていることからすると、第一引用例記載のものにあつては、B液の注入は、A液の注入が中止されても引き続いて行われているため、B液はA、B液の硬化が完了しないうちに、A、B合流液の層を破つて地盤へ浸透していくことになるが、その浸透の態様は、A、B合流液層の薄いところ、あるいはA、B合流液層の硬化が進んでいないところに集中するものと解される。
してみると、単に内管より浸透性の良いグラウトを注入することを示唆しているにすぎない第一引用例に記載のものに相違点<2>の技術手段を採用することは当業者が容易に推考し得るものとはいえず、審決の相違点<2>についての判断には誤りがあるといわざるを得ない。
3 以上のとおりであつて、審決は相違点<2>に対する判断を誤り、本件発明は第一引用例及び第二引用例に記載された内容から当業者が容易に発明をすることができたものと誤つて判断したものであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注〕本件発明の要旨は左のとおりである。
浸透性の異なる複数のグラウトを注入管を通して地盤中に注入して地盤を固結する複合グラウト工法において、前記注入管として多重管を用い、この多重管を移動して多重管先端部の地盤内に空間を形成させ、この空間を中心として前記浸透性の異なる複数のグラウトのうち、まず浸透性の悪いグラウトを注入し、次いでこの浸透性の悪いグラウトを注入した領域に浸透性の良いグラウトを重ね合わせて注入することを特徴とし、前記浸透性の異なるグラウトのうち、少なくとも浸透性の良いグラウトは浸透性の悪いグラウトによる填充物中に前記多量管の内管突出部を通じて注入され、そしてこの填充物を破つて地盤中に注入されることを特徴とする複合グラウト工法。